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○○山へいきたいんで、状況を教えてください。
まあ、よくある質問だ。たとえばさ、冬の天狗岳へ行こ
うと思うんですけど。
この質問には、肝心なことが書かれていないんだ。それ
は、どこの登山口から登って、どこへ下山するか。
同じ例は、山行記録にもある。
○○山へいってきました。何時に登山口について、何時
間あるいて…
この山行記録は実在する。記録を見ても、「登山口」と
しか書いてないし、具体的な地名も出てこないから、ど
この登山口から登ったのか、さっぱりわからなかった。
Web上ではかなり有名な人で、けっこう支持する人も多いサイトだった。
いつから、登山というものが、最短ルートから「しか」
登られないものになってしまったのだろう。
冒頭の質問に、普通にレスがつく。登山口すら明らかに
されていないのに、普通に会話が成り立つのである。お
かしいと思わないか?冬の天狗岳であれば、まあ普通は
最短ルートである渋ノ湯から登るのが定石だろう。しか
し、たとえば麦草峠のゲートの前から入山するとか、赤
岳鉱泉の方から縦走するとかいう可能性も、絶対にない
とはいいきれない。
それなのに、「冬の天狗岳へ登りたい」に対して、「別
段難しいところはない」というレスがつく。
何故、これで会話が成り立つか、といえば、聞く側にも、
答える側にも、「最短ルートから往復する」という大前
提があるからなのである。
登山とは、そういったものだったろうか。違うだろう。
己の想像力に任せて、自在に線を引くものではないか。
最短ルートなら最短ルートでもいい。僕も山行の8割
は最短ルートだ。だが、それが当然であるわけではな
い。登ったコースくらいは書くべきではないか。