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僕が登山をはじめたのは、かれこれ2年半前になります。98年の4月でした。
今でも、何故あのとき山へ行ったか僕にはわかりません。ただ何となくフラフ
ラッと山へ行った、というのが本当のところです。
最初にザックを買ったのはイシイスポーツの新宿西口店なのですが、何であそ
こに山道具屋があることを知っていたかさえ僕には思い出せません。
私は生まれも育ちも神奈川ですが、子どもの頃から英才教育だったので、地元での
思い出は何一つありません。ただ、何度か帰っては裏山で遊んだ新潟と、年に
1度のスキーだけが楽しみで、それだけが僕の幼少時代の思い出です。
そして、自分のやりたい仕事のために、卒業を遅らせてまで必死になって勉強
した大学の5年間。回りの人間がステージで歌って、打ち上げをやっている時
間、僕は電車の中で勉強していました。僕にとってそれが幸せだったのです。
僕にはそれしかないのです。
当時は仕事で体をボロボロにして、死ぬ寸前でした。耐え切れなくなって、 もう、競争のない趣味とともに楽に生きたい、と思ったのがあの瞬間だったの かもしれません。
あの当時、何故山に登ったのか、僕にはまったくわかりません。ただ、あの時 山と出会わなければ、僕は今生きてはいなかったはずです。今でも、何週間か山を 欠かすと調子が悪くなります。山に登った週の月曜日には、顔色がいいね、と言わ れます。
当時の山行記録を見ると棘のある言葉が、いくつか並んでいます。登山記録は その時の技術のレベルや考え方も反映したものですから、サイトで公開して人 に見せるべきものかどうか、という問題は別にして、山行記録だけは書き直す つもりはありません。他人が見たときに見苦しいのは先刻承知の上です。
それでは、それ以前は山とかかわりがなかったか・・・と申しますと、決して そんなことはありません。96年、95年、94年と、3度富士山にチャレン ジして、96年には登頂しています。その他にも、大山(おおやま)に登った り、ハイキングコースをみかけるとつい歩いてしまう、といったことは良くあっ たことです。が、登山を意識したことはありませんでした。むしろ大多数の人 がそうであったように、登山=危険、というイメージを持っていたわけです。 まして、96年の富士山では豪雨にたたられて、一歩間違えば遭難だったのです。
大学時代、ほとんど幽霊ですごした合唱団の部室へ向かう階段で、山岳部の人 が、荷物背負って上り下りしているのを見て、面白そう!と思った。
ということを考えると、山ヤには、なるべくしてなったのかもしれません。
僕はこの話は、あまり公の場ではしないようにしようと思っています。 あくまで私見かつ一般論として、山ヤさんというのは、何かしら心身に故障を 持っている人が、非常に多いように思います。山ヤのコミュニティにいますと、 どうしても暗い話を聞くことが多いように、僕は感じるのです。辛い、と言う のは簡単でも、自分もまたそういう境遇だから、あまり暗い話は聞きたくない じゃないですか。だから、人にもあまりしないようにしたい、と思っています。